パキスタン バトゥーラⅠ(7,785m),1999年
3名の友を失う
困難ではあるけれども自分たちに納得の行く登山をしたい、と最終的に絞ったのが、このバトゥーラⅠである。1976年にドイツ隊が初登頂して以来、日本からは2隊がでているがいまだに成功していない。
8月10日、南稜を下降中懸垂氷河の崩壊で杉山・関・藤田の3君がムチチュール氷河に転落、行方不明となった。パキスタン軍のヘリコプター2機による捜索もむなしく発見できず、後ろ髪を引かれる思いでBCを後にした。3君の早逝が惜しまれる。9月19日、福岡市小烏の積善社斎場で登頂の夢を果たせなかった3君とのお別れ会を催し冥福を祈った。
| ◆隊員構成 | ||
| 隊長 | 稲永 篤(66) | |
| 登攀隊長・庶務 | 高嵜 渉(46) |
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| 食料・輸送 | 杉山洋隆(43) | |
| 装備・渉外 | 関 剛(28) |
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| 食料・輸送 | 藤田泰信(27) |
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| リエゾン・オフィサー | カラール・ハイドリ(37) |
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| ◆行動日程 | ||
| 6月15日 | 先発 関、藤田 名古屋~カトマンズ(ネパール)装備購入、 ランタン谷(5,000m)にて高所順化 |
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| 7月 1日 | 関、藤田 イスラマバード入り(パキスタン) | |
| 7月 5日 | 稲永、杉山 イスラマバード入り ナジール事務所にて打ち合わせ | |
| 7月 9日 | 高嵜到着、全員合流 | |
| 11日~12日 | イスラマバード~キルギット | |
| 7月16日 | BC入り、偵察 | |
| 8月 9日 | C2~6,500m 杉山、関、藤田 | |
| 8月 9日 | C2~BC 高嵜 | |
| 8月10日 | アクシデント発生 双眼鏡で隊員の行動を監視していたパキスタンメンバー が懸垂氷河崩壊によるブロック雪崩にて3名(杉山、関、藤田)が ムチチュール氷河に転落したことを確認。 |
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| 8月12日 | ヘリコプター2機出動、機上から捜索するも人影見えず。 | |
| 8月16日 | 杉山、関、藤田のご家族、山の会支援隊(安徳、伊藤、徳永)訪パ | |
| 8月19日 | ハッサナバード川の橋の袂にケルンを積み家族等と焼香、3君に別れを告げる。 | |
| 8月23日 | 帰国 | |
| ★平成11年『せふり』7月号「バトゥーラⅠに登山許可」。 | ||
| 11月号「バトゥーラⅠ 福岡山の会カラコルム登山隊 1999 報告」(稲永)。 | ||
| 『福岡山の会 バトゥーラⅠ登山隊 1999 報告書』福岡山の会 2000年11月刊 | ||