インフォメーション
当サイトはでは、海外、国内でのアルパインクライミング、フリークライミングの分野では
海外エリアや国内エリアのゲレンデのご紹介、海外トレッキング、国内の山歩きなど
春夏秋冬を通じて登山に関する情報をお伝えしています。
国内では福岡近郊の山歩きから、北アルプス、南アルプスetc、登山スタイルも冬の
アイスクライミング、春山合宿、夏の沢登り、ボルダリング、トレッキングなど多岐にわたる福岡山の会の活動記録です。
FYKとは、Fukuoka Yama no Kaiの略称です。
福岡山の会の概要
入会のご案内
「福岡山の会」は1932年(昭和7年)に多くの先人たちによって創立、福岡近郊の山登りからフリークライミング、ボルダリング、日本アルプスでの春夏秋冬の登山、海外登山からトレッキングなど【近郊のハイキングから海外の岩や山】と多彩なジャンルをこなすクライミングクラブ(山岳会)です。
「福岡山の会」って、どんなクラブ?

入会される前に実際の活動を感じていただければと思います。
福岡山の会では毎月、【月例集会】を開き、毎月の活動報告と計画の発表を行っています。
内容は、各月ごとの月例登山の発表報告と次の山行計画を各係りがお知らせしています。場合によっては、月例山行に会員外ということで参加していただくことも可能です。
続きを読む…
委員会について
福岡山の会、各係りが定期的に集会をひらき其々の係りから発表・報告を行っています。
毎月、第2水曜日に【山の会ルーム】にて開催しています。
【福岡山の会・ルーム】〒810-0062福岡市中央区荒戸1-1-1柴籐ビル305号
TEL 092(721)0362
(福岡市営地下鉄ご利用の場合は「大濠公園駅」2番出口から徒歩2~3分の距離です。)
続きを読む…
【福岡県の山歩き】書籍のご案内

『福岡県の山歩き』は A5判 176ページ
並製/オールカラーです。
海鳥社(出版社)
〒810-0074 福岡市中央区大手門3-6-13
TEL 092-771-0132
FAX 092-771-2546
郵便振替 01790-7-40696
「福岡山の会」会員50名の調査記録をもとに
制作出版されたものです。
「福岡山の会」山行75年史、昭和初期編
■昭和7年(1932年)
※1月、上海事変起こる。3月、満州国建国宣言。
※8月13日、「福岡山の会」創立。
「第1回山行・宝満山」9月11日、参加40余名。
新岩道を経て頂上に至り、昼食後に稚児落としにて懸垂下降の練習。上宮直下の谷を北谷に出て散会。以後、当年内は毎月4回の山行、一般参加も募集。
※会創立前後、まだ一般人の入りがたい山であった福岡近郊の山々の跋渉開発に尽くした。
続きを読む…
「福岡山の会」山行75年史、昭和中期編
■昭和30年(1955年)
第7回冬山「鹿島槍ヶ岳、天狗尾根、五龍岳遠見尾根」29年12月26日~1月8日、諸岡以下14名。平均年齢25歳前後との記述あり。
「野北岩登り講習会」7月10日、リーダー鳥井以下44名。
「阿蘇岩登り合宿」8月13日~15日、鳥井・淀川以下33名。
「槍ヶ岳北鎌尾根」10月30日~11月6日、松村・定水。冬山偵察行、硫黄岳尾根偵察。
続きを読む…
「福岡山の会」山行75年史、昭和後期編
■昭和51年(1976年)
第28回冬山「笠が岳」L中島以下19名。
「穂高岳、滝谷」50年12月~1月、坂東・矢田。
「尾鈴山、矢橿谷」3月、松永以下11名。
「春山合宿、穂高涸沢」4月~5月、L矢田以下12名。
屏風岩鵬翔・雲稜ルート、前穂東面、北尾根。 続きを読む…
「福岡山の会」山行75年史、平成編(平成元年~10年代)
■平成元年(1989年)
第41回冬山「雪嶽山」L伊東以下14名。
「金山ハイキング」3月、徳永明以下22名。
「新旧交歓会、能古島」4月、木村以下28名。
「穂高岳」5月、伊東以下4名。
※計画発表と経過報告をすべき山行係の集会無断欠席が多い、との会務報告記事あり。
続きを読む…
「福岡山の会」山行75年史、平成編(平成11年~20年代)
■平成13年(2001年)
第53回冬山「穂高岳」L高嵜・蜂谷・宮本。すさまじい風雪の中、涸沢西尾根を下る。
高嵜、凍傷を負う。
「初級の冬山、鹿島槍・赤岩尾根」L原田・川上・百田・森・池子・嶋村、
≪別動隊≫星野潜・柴田・久保。
”アンナプルナBCトレッキング”1月号~5月号、星野弘・石津記。 続きを読む…
パキスタン グルカワジャ山群,2005年
1999年以来、当該地の情報収集・探査をしていたが、パミール地方の6,407mに目を向け、同峰の試登を南面から行った。
情報が倒錯していたが、ナジール事務所よりパキスタン政府から6,407m峰は6,500m以下だから登山の許可は必要ないという朗報がもたらされた。 続きを読む…
パキスタン バトゥーラⅠ(7,785m),1999年
3名の友を失う
困難ではあるけれども自分たちに納得の行く登山をしたい、と最終的に絞ったのが、このバトゥーラⅠである。1976年にドイツ隊が初登頂して以来、日本からは2隊がでているがいまだに成功していない。 続きを読む…
ネパール アマダブラム(6,812m),1997年
全員登頂
1996年の福岡市山岳協会のチョモランマ隊員であった3名がキャラバン中、若い者だけで思いきりぶつかるシンプルな山登りをしたいと言ったのがコトの始まり。
話は盛り上がったが、どれだけ本気だったかは分からない。 続きを読む…
中国 崑崙山脈・客什塔什山域,1987年
◆初登頂した5740m峰。
(6699m峰稜線上より)
無名峰 6,699mの探査、5,740mの初登頂
1985年6月、中国登山協会に申請書を郵送したときに本計画はスタートした。
第1希望をチオンムスターグ(6,962m)、
第2希望を7,167m峰。
東京農大隊と競合することとなり、東農隊が86年、本会が87年に決定。 続きを読む…
ネパール カンジロバ・ヒマール(6,883m),1979年
北西尾根からの新ルートを拓き登頂
当初、西ネパール山群のハンギング・グレーシャー・ピークス(6,500m)を計画したが解禁ならず、同地方で唯一解禁されているカンジロバ主峰(6,883m)を許可を得る。登山隊のキャラバンスタートとなるジュムラへの飛行便の確保に1か月かかり、加えてダサインというネパール最大のお祭りの日に第2便が飛ぶなど、カトマンズからのスタートは大変だった。 続きを読む…
ネパール ダウラギリⅣ峰(7,661m),1970年
1952年、戦後日本初のトゥインズ7,350m(シッキム側)が神戸まで隊荷を送り隊員が出国寸前、インド政府の国境周辺事情悪化のため、中止となった。再度、ネパール側からトゥインズに登頂すべく準備を開始したが、またまたネパール政府は国境周辺の悪化のため、登山を禁止した。解禁への見通しは立たず、しかし解禁の暁には直ちに目標の山へ向かうべく準備をすることとし、探査隊派遣を決定。 続きを読む…
インドトゥインズ(7,350m),1952年~登攀とカンチェンジュンガ偵察~
「斯く考え斯く行動して、我々は改めて日本の山岳界を見回してみた。この国にはヒマラヤを啓蒙してくれた先輩や文献には事欠かない。ヒマラヤ礼賛者にいたってはそれこそ何万人いることであろう。しかし、ヒマラヤ行きを現実的に考え黙々として一歩一歩前進する人が、山岳団体が、はたしてどれだけあるであろうか。」 続きを読む…